今、目の前で起こっていることをありのままに話そう。
亥の刻。
伊丹の部屋から見える夜空は、曇りなく無数の星々が輝いていた。
そして俺の腰の上に跨り、伊丹は上機嫌な顔で俺を見下ろしていた。
それだけであれば良かった。
むしろ普段の俺であれば興奮のあまり大歓喜していたであろう。
だが今は違う。
今、俺の目の前にいる伊丹は、とんでもなく酒臭かったのだ。
「ふへへ…どぉしたんれすかぁへんらくさぁん…そんな険しぃかおして…、」
全く、呂律もまともに回っていないじゃないか。
というか"へんらく"って誰だ。
「ったく、だから飲みすぎるなと言っただろ…。」
酒は嫌いだ。
臭いは勿論、そもそも美味いとも感じない。
というかどれも同じじゃないか。
「…ん、らって、ぼく、お酒好きれすし…、」
それはそうだろうが、制御できないのは良くないだろ。
まあ、比較的少量ではあるが、伊丹は普通に飲める方だ。
ただ今日は夕食時に、たまたま劍咲が村娘から貰ったという酒を、たまたま俺とふゆは以外の連中が飲んだだけだ。
そして飲めるくせに、伊丹は酒にとても弱い。
「えへ、でも…、ぼくは幻洛さんの方がだいすきなんですよ…?」
そう言いながら、俺の唇を指先で楽しそうに触れる伊丹。
ああ、くそ、俺の嫁が今日も可愛すぎる。
念のため言っておくが、これでも伊丹はこの万華鏡神社の神主であり、万華鏡村を守る陰陽師だ。
そして同じ妖狐であるふゆはの師であり、彼女の親代わりの身でもある。
…えらく肩書きが多いやつだ。
とはいえ、潤んだ目で首まで傾げるとはあざといにも程がある。
すぐにでもその呂律の回っていない口に噛みついて無茶苦茶にしてやりたい。
いやいやいや、ダメだろ。
酔って混沌としている伊丹を抱くなど出来るはずがない。
否、そんなことなどしてはならない。
素性の伊丹を抱く、それが俺の信念だ。
「もぉ、幻洛さんってば、さっきからそんな険しぃ顔して、なに考えてるんれすかぁ?」
伊丹の事しか考えていない。
当たり前だろ。
とはいえ、この状況をどう打開すべきか悩ましいところだな。
「えへへ、れも、そんな険しい顔の幻洛さんも、かっこよくて、だいすきれぇす…、」
………くっそ、ふざけやがって犯されたいのか。
俺がそんなことで興奮するわけ無…くはない。
ああ、俺まで気が狂いそうだ。
「!」
「ん、幻洛さぁん、」
突然、伊丹が俺の額に口付けをしてきた。
なんなら跨った腰も遠慮がちに動かしている。
これはまずいな、色々な意味で。
「おい、伊丹。」
「ん…、」
俺の声が聞こえているのかいないのか。
伊丹は俺の浴衣の帯を解き、下着に手を掛け始めてきた。
伊丹が俺の服を脱がすなど最高すぎるだろ、いや違う。
「おい、こら、待て。」
俺は伊丹の手を掴み、それ以上の行動を阻止した。
何度も言うが、俺は素性の伊丹しか抱かないと決めている。
酒の力で理性を失った伊丹など、抱けるわけなど、
「むぅ、幻洛さんだって、こんな、おっきくしてるくせにぃ」
無くはなかった。
ちくしょう。
俺の上に伊丹が跨がっている、それだけで最高に興奮するに決まってるだろ。
「は、ん、幻洛さぁん…、」
「っ…」
俺の静止も聞かず、伊丹は猫撫で声で甘えるように抱きついてきた。
「んっ、ぁ…、は、っ…、ん…、」
腰も一層密着させ、完全に俺のものを誘発している。
そして俺の耳元に、伊丹の熱い吐息が直接降り注ぐ。
俺の中で、何かがぐらりと崩れ落ちた気がした。
なんなら今すぐにでも組み敷いて無茶苦茶に突っ込みたい。
酔った伊丹は抱けない?
あれは嘘ではないが、状況が状況ゆえにもう戻れないに決まってる。
伊丹はわかっていないだろうが、既に超えている、一線を。
「んっ、は、幻洛さん…はやく…、」
「…。」
さらばだ、少し前の俺。
これまでの信念は無…、いや、まあ、後で改めようと思う。
「…はやく、ぁっ、おっきいの、欲しいのにぃ…、」
「…チッ」
さて、散々煽ったんだ、それなりのことはさせてもらうぞ、伊丹。
………
「や、あっ、あ、んっ、げんらく、さっ…!」
「はっ…、」
あのまま俺は、跨っていた伊丹を組み敷き、無茶苦茶に口付けをしながら慣らすのもそこそこに、滾るものを突き挿れた。
酒の影響かは知らんが、いつものように慣らさなくても、伊丹の熱を帯びた身体はすんなりと俺のものを受け入れた。
「は、ぁっ、げんら、く、さっ、はぅ…」
伊丹は完全に熱に浮かされ、溶けた顔で俺を見つめてきた。
その原因は酒なのか、俺なのか。
ああ、酒だとしたら気に食わんな。
「んっ…!あ、あぅ、げんらくさんっ、もう、そんなとこ、…っ」
いつの間にか、俺はまた伊丹の鎖骨に噛みつき、所有の痕を付けていた。
悪いが、今回だけは酒の力で俺を誘った伊丹の責任にさせてもらうぞ。
俺に抱かれたいならば素性で誘ってくればいいものを。
「あっ!?ゃんっ…!幻洛さ、っ…!そんな、激しぃっ…!」
「っ、は…」
俺は伊丹の中に挿れた滾るものを一層強く突き上げてやった。
酒の力で俺を誘ったらどうなるか、わからせるために決まってるだろ。
…いや、まあ、大概いつも理性など無くなるし、やってることは変わりないか…。
「んゃ、あっ…!やら、ぁっ、だめっ、も、ぼく、イっちゃうぅ…!げんらくさっ…!」
「は、イけよ…、」
今更、待ってやるつもりなど無い。
当たり前だが、俺もとうに限界だ。
今回は酒のせいでやたら煽られた。
…が、それでも、酒に酔っていたとしても、伊丹が愛おしいのは変わりないけどな。
「ふ、っ、…伊丹、愛してるぞ。」
「!」
俺はそう耳元で呟くと、伊丹の中が力強く俺のものを締め付け始めた。
…くそ、根本まで持っていかれそうだ。
「やっ、んあぁ…っ!!」
「っ…!」
伊丹は俺にしがみつき、腰を震わせながら達した。
そして俺も、熱くうねりながら締め付ける伊丹の中に、滾る欲を全てブチ込んでやった。
「は、ん…っ、おく、…あつ、い…、」
絶頂を迎えた伊丹は、身体を震わせながら荒んだ呼吸をなんとか整えようとしていた。
依然として伊丹は俺にしがみついたままだ。
…まあ、未だ俺自身が伊丹の中に挿れたままにしているのが原因であるかもしれないが…。
ゆえに、伊丹の熱を帯びた声が俺の耳元に直接響き、俺の脳裏をざわつかせた。
ああ、くそ、もう一回抱きたい。
可能ならば四六時中、伊丹を抱きたい。
そして俺に溺れた声を聞いていたい。
まあ、そんなことなどしたら、流石に伊丹に嫌われるかもしれんが。
…とりあえず、いい加減にコレを引き抜いてやらねばな。
「んっ、ぁ…っ」
抜き際も、伊丹は甘い声を漏らしながら名残惜しそうに俺を見つめた。
…無自覚なのかもしれないが、そういうところだぞ、伊丹。
何はともあれ、結局俺も理性をブッ飛ばし、酔った伊丹を抱いてしまった。
「…あぁ、ったく…。」
脱力感以上に襲いくる妙な罪悪感に、俺は伊丹の隣に身を投げた。
途端、隣にいる伊丹が俺に擦り寄ってきた。
「ん、…幻洛さん、大好きです…。」
「…!」
正直、軽く驚いた。
俺を見つめる伊丹の目は、酒気を帯びていなかった。
「…別に、お酒の力が無くたって、…僕は幻洛さんとこういうことしたいって思ってますし、…たまにですけれど。」
ん?幻聴か?
いや、そう言う伊丹は、照れ隠しのように背を向けてしまった。
「なあ、伊丹。」
「?」
俺は伊丹の背から覆い被さった。
…今更だが、今回もなかなかの数の跡を残してしまったな…。
「今の台詞、もう一度言ってくれないか。」
「………もう寝てます。」
おいまだ起きてるだろうが。
「…いったみーん…。」
「スヤスヤ。」
擬音を言うな、擬音を。
…ったく、まあいい。
所詮は照れ隠しであることなどわかっている。
覚の力で心を読まなくても、な。
今はただ、この大切な者との愛おしい時間を心ゆくまで満喫しよう。
…いずれ伊丹と晩酌に付き合う、というのも悪くないのかもしれないな。