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【外伝】幻洛と伊丹が出会うまで(中編)

更新日:2月11日

翌日。

万華鏡村の空には、眩い太陽が天高く昇っていた。


「…ん。」

窓から差し込む日の光に、幻洛は重い瞼をゆっくりと開けた。

今日は随分と暖かい、と思うもそのはず、これまでの野宿ではなく、柔らかな毛布に、綿のしっかり詰まった分厚い掛け布団に包まっていた。


幻洛は伊丹の屋敷に泊まっていたことを思い出した。


「…朝、いや、もう昼なのか…。」

周囲の明るさを見るに、昼も過ぎている頃なのだろう。

これまでは日の昇る前から活動していたというのに、余程疲れていたのか、はたまた寝心地の良さで寝過ごしたのか。


どちらにせよ、伊丹に会わねば。

そう思い、幻洛は起き上がり、そのまま客間の襖をスッと引いた。


「…。」

「あ、おはようございます。幻洛様。」

幻洛は廊下に一歩出たところで、見慣れない姿のアヤカシから声をかけられた。


「?」

伊丹の神社の関係者だろうか。

白衣に袴を履いたそのアヤカシは、幻洛を見るなりニコッと笑顔を向けた。


「お前、は…?」

「私は伊丹様の式神になります。伊丹様とふゆは様は、いま神社の方へ居るのですが、幻洛様がお目覚めになったら朝食を用意するよう命じられておりまして。…あとこちら、幻洛様の御召し物になります。」

その式神はつらつらと話を進めると、抱えていた幻洛の服を手渡した。


式神、と聞いた幻洛は、昨日のことを思い出す。

確か風呂場で、伊丹が”着ているものは式神が洗濯する”と言っていたか。


「…あの、お食事の方、お持ちしてもよろしいでしょうか?」

固まる幻洛に、式神は再び声をかけた。

「…あ、ああ、よろしく頼む…。」

そう言うと、式神は笑顔でぺこりとお辞儀をし、そそくさと別の部屋へと姿を消した。


「…。」

伊丹を探そうとしていた幻洛は、再び客間へと足を戻すと、見違えるほど綺麗になった自前の服へと着替えた。


そうこうしているうちに複数の式神が現れ、テキパキと幻洛の食事を並べていった。


「では、我々はこれにて。もうじき伊丹様とふゆは様もお戻りになりますので。」

「…ああ。」

あっという間に食事の準備を終えた式神たちは、幻洛に一礼するとその場から立ち去っていった。


幻洛の目の前には、炊きたてのご飯に、昨晩とは異なるも具沢山の味噌汁、そして焼き魚や果物などがずらりと並べられていた。

朝食…というより昼食になるが、あまりにも見事な献立だった。

これほど豪華な食事など、今までの記憶にないほどだ。


幻洛は目の前のご飯に手を付けた。

昨晩の握り飯もだが、非常に美味いと感じた。


「…!」

幻洛は食事を進めていると、何かが頬を伝うのを感じた。


それは自らの涙だった。


何故涙が流れるのか、幻洛には理解が出来なかった。

ただ、味わうこともなく、明日へと命を繋げるためだけに食事をしていた過去の自分に、浅ましさを感じていた。


幻洛は数々の料理を噛み締めながら、あっという間にご飯をたいらげていった。


「…幻洛さん?入ってもよろしいでしょうか?」

食事を終えて間もなく、襖の外から伊丹の声がした。

「あ、ああ、大丈夫だ。」

幻洛は悟られぬよう、服の袖でサッと涙を拭った。


「…おはようございます。」

「おはよう、幻洛。」

伊丹が襖を開けると、傍らにはふゆはも居た。


「よく眠られましたか…?」

伊丹は客間に入ると、卓袱台の前に腰を下ろした。

ふゆはも続くように、ちょこんと伊丹の隣に座った。


「ああ、お陰様でな。…久しぶりによく寝たな。」

「そうですか、それはなによりです。」

よく寝た、というよりも寝すぎたのだが。

それでも、休めたようで良かったと言わんばかりに、伊丹はホッとした様子で笑みを向けた。


「…あの、幻洛さん、もし良かったら、少しこの村を見回ってみませんか…?」

そのまま伊丹は話を進めた。


「今日は神社の方も忙しくないので、…ご一緒に…気晴らしにでもなればと思ったのですが…。」

「幻洛、どう…?」

伊丹の提案に乗るように、ふゆはも幻洛に伺いを立てた。


よく眠り、美味い飯を食べたおかげか、はたまた、先ほどの涙が心の閊えを洗い流したのか。

幻洛の心は昨日とは見違えるほど軽くなっていた。


「…そうだな。俺も少し、この村に興味が湧いた。案内してくれるか?」

「!」

その言葉に、伊丹とふゆはは顔を見合わせた。


「ええ、勿論です。」

伊丹は控えめにゆらりと尻尾を揺らしながらも、とても嬉しそうに微笑んだ。


伊丹の笑顔に、幻洛は少しだけ心が高鳴るのを感じていた。


………


伊丹とふゆはに連れられた幻洛は、昨晩降り積もった雪の残る万華鏡村の中心部へと足を運んだ。


「…ここが、万華鏡村の主要商店街です。」

神社を出て少し歩いた先には、様々なアヤカシが集う商店街があった。


「随分と賑やかだな。」

幻洛の目に写る商店街は、まるで雪を溶かしそうなほどの活気で溢れかえっていた。

「でしょう?あ、あの和菓子屋はふゆはさんがお気に入りのお店なんですよ、ね?」

「…余計なことは言わなくていいから…。」

視線の先にある和菓子屋を紹介する伊丹に、ふゆはは少し恥ずかしそうにむくれた。


「…あら!伊丹様!」

伊丹たちを見つけると、村民は軽快に声をかけてきた。

「こんなところまで来られるなんて珍しいですわね。」

「おー!神主さん!久しぶりだな!」

次々と村民は集まり、いつの間にか小さな人溜りが出来ていた。


「どうも、ご無沙汰しています。」

伊丹は慣れた様子で、笑顔で村民に挨拶をした。


「ふゆは様もご一緒なんですね。…あら、そちらの殿方は…?」

「…!」

物珍しそうに見てくる村民に、幻洛は言葉を詰まらせた。

そんな幻洛を見兼ねて、伊丹はすかさず助けに入る。

「ああ、彼は…古くからの友で…、」

伊丹は少し間を置くと、幻洛の方をチラリと見た。


「僕の、大切なアヤカシです。」


「!!」

伊丹と目の合った幻洛は、その言葉にドッと心が高鳴るのを感じた。


「皆さん何卒よろしく…、あれ…。」

伊丹は幻洛を紹介しようとするも、既に村民の意識は幻洛に全集中していた。


「伊丹様のお友達!?ず、随分と男前な殿方ですね…!!」

「へー!こんなガタイの良い御仁が居るとは知らなかったよ!お兄さん、名前はなんて言うんだい?」

「…幻洛だ…。」

あまりの圧力に圧倒された幻洛は、自らの名を一言だけ喋った。


その一言だけで、一部の女のアヤカシたちは何かにやられたように膝から崩れ落ちた。

「………待って、格好いい…。」

「…私…もっと…綺麗な身なりしてくればよかった…。」

その女のアヤカシたちは、完敗したかのように天を仰いでいた。


「幻洛さんかい!アンタ、酒は飲めるかい?今日いい酒が入ってよぉ!」

「え!?もしかしてあの隈取りって覚のアヤカシ…!?」

「だ、だよね…!?わ、私、初めて見た…!」

その後も村民たちは、伊丹そっちのけで幻洛に群がった。


「…。」

あまりにもキラキラとした村民たちの眼差しに、幻洛は思考が止まってしまった。


「ちょっと、幻洛は村に来たばかりなんだから、あんまり騒がしくしないで。」

そんな村民たちの勢いを制するように、ふゆははピシッと一言添えた。


「…あ、あら、ごめんなさいねふゆは様、私ったらつい…。」

「ああ、こりゃ失礼!…幻洛の旦那!落ち着いたらまた来てくれよな!」

ふゆはの一言にハッとした村民たちは、名残惜しそうにしながらもいそいそと散り去っていった。


「…。」

唐突な出来事に、幻洛はとても驚いていた。


覚の血族である自分を、ここの村民たちは何も気にしていなかった。

むしろ、その目は好奇心に満ち溢れていた。


幻洛は深呼吸をし、平静さを取り戻した。

「…すまない、ふゆは、助かった…。」

「…いつもああなのよ。私や伊丹がここに来ることはそうないから、物珍しさで寄って集ってくるの。」

やれやれ、といった様子でふゆはは軽くため息をついた。


「ふふ、でも、皆さん悪気があるわけではないので、少しは勘弁してあげてくださいね。」

場の空気を和ませるように、伊丹は困ったように笑顔を向けた。


「…。」

幻洛は今一度、曇りなき村民たちの笑顔を思い出していた。

あの時だけでも、鬼や猫又、それに烏天狗など、様々な種族のアヤカシたちが居た。


皆、異なる種族でも、分け隔てなく言葉を交わしていた。

とても不思議な光景だった。


幻洛は引き続き、伊丹たちと共に万華鏡村を散策しに行った。


………


すっかり日も落ち、周囲が暗くなった頃。

幻洛たちは屋敷へと戻り、夕食のため食卓を囲んでいた。


「今日はお疲れ様でした。」

散策を労う伊丹は、優しい笑みを向けた。


「…万華鏡村、いかがでしたか?」

「そうだな、凄く良い村だと感じた。…こんな村があるとは知らなかったな…。」

伊丹の問いに、幻洛は純粋に思いを伝えた。


「お気に召していただけて良かったです。」

好感を告げる幻洛に、伊丹も嬉しそうに喜んだ。


その様子を見ていたふゆはは、微笑ましそうに口を開いた。

「…ふふ、伊丹、なんだか幻洛にとても積極的ね。」

「!?」

伊丹は図星を突かれたようにハッとし、口元に運んでいた湯呑みの茶を溢しそうになった。


「なっ…いえ、そんなことは…、」

「だって、こんなにも一生懸命な伊丹って初めて見たから。」

「ふゆはさん…!」

身も蓋もない話に、伊丹はあわあわと取り乱した。


「…フッ」

そんな伊丹とふゆはのやりとりを見ていた幻洛は、微笑ましそうに静かに笑った。


「仲が良いな。」

「…すみません幻洛さん、お見苦しいところを…、」

「いや、気にするな。」

ふゆはを制しながら恥ずかしそうに狐耳を下げる伊丹に、幻洛は不思議と心が温まるのを感じていた。


「…。」

幻洛は黙ったまま、二つの妖狐を眺めていた。


それはまるで、本当の親子のようだった。

もし昨日、伊丹を助けていなかったら、この光景は無かったのかもしれない。


そしてこの先も、伊丹が邪狂霊と対峙する日は必ず来るのだろう。


「…談笑中のところ悪いが、あの邪狂霊というヤツの事を聞きたい。」

「!」

神妙な面持ちの幻洛に、伊丹とふゆはは静まり返った。


周囲の空気が緊張感のあるものに変わった。


「昨日のように、伊丹は日頃、あのように危険な目に遭っているのか…?」

「…。」

幻洛の問いに、伊丹は苦渋の表情で唾を飲み込んだ。


「………帝の命、なのです…。」

伊丹は静かに箸を置くと、そのままゆっくりと話を続けた。


「僕は、ふゆはさんを弟子にする遥か前からこの万華鏡村で暮らしています。当時からあの邪狂霊の姿は有り、目の前に現れ次第、対処をしてきました。…皮肉にも、僕以上の力を持つ者が居ないようで、いつの日か帝の目に止まり、直々に村を守るよう言い渡されたのです。」

そう言う伊丹は、屋敷の広い天井を見上げた。


「この大きな屋敷も、帝の御厚意により建てていただいたのです。…故に、これからも僕は、あの邪狂霊と向き合っていかなければならない…、」

伊丹の話を、幻洛は黙って聞いていた。


伊丹は、帝からの絶対的な信頼を得ている。

故に、村民が彼を慕うのも納得がいく。

そしてこれからも、帝のため、村民のため、そしてふゆはのために、伊丹は邪狂霊という存在に付き纏われていくのだろう。


まるで、永遠に解けない一つの呪いのように。


「昨日あの場に居たのは、僕の結界に引っかかった邪狂霊を始末するため、ということです。…トドメの直前で異形化するとは想定外だったので、…本当に、あの場に幻洛さんが居てくれて良かったです…。」

「…。」

幻洛に笑みを向ける伊丹は、とても儚げだった。

そんな伊丹を、幻洛は真剣な表情でじっと見つめていた。


「…なあ、伊丹。」

幻洛は座り直し、しっかりとした視線で伊丹を捉えた。

黄金色の視線と、瑠璃色の視線が互いに交差する。


「俺に、あの邪狂霊を討伐する役割を与えてくれないだろうか。」

「え…、」

その言葉に、伊丹は呆気にとられるようにぽかんとした。

「あの、それは…、」

理解の追いついていない伊丹に、幻洛はもう一度、はっきりと言葉を述べた。


「俺を、この万華鏡村に、…この屋敷に身を置かせてほしい。」


「…!」

その意味をようやく理解したのか、伊丹は唖然としながら息を呑んだ。


「今日の村民の笑顔や、ふゆは、伊丹の想いに、ようやく心に閊えているものが取れた気がした。…まだ完全に、ではないが。」

不安に揺らぐ思いを改めるように、幻洛はその黄金色の目をしっかりと伊丹に向けた。


「…それでも、俺も皆のために、…否、それ以上に、俺をこの村に導いてくれた伊丹のために力を尽くしたい。」

「!!」

幻洛の強い想いに、伊丹はドッと心が高鳴り、顔が熱くなるのを感じた。


「偶発的ではあるが、邪狂霊は村民に危害を与える怪異なんだろ?」

そう言うと、幻洛は言葉を続けた。

「俺は故郷で鍛冶屋を営んでいた。それに、過去の生業で知力も武力も学んできた。武器の扱いには慣れている。」

幻洛は怖気づくことなく、はっきりと伊丹に伝えた。


昨日の戦い方からして、幻洛は相当武器の扱いに長けているのは伊丹も感じていた。


「…しかし、そんなことをしては、自らの命を危険に晒すことになります…。」

「元より、行く宛もなく、ただ死を待つだけの身だった。それに…、」

幻洛は一呼吸置くと、フッとした笑みを伊丹に向けた。


「お前が居なくなったら、村民や、…何よりふゆはが悲しむだろ?」

「…!」

昨日出会った時とは想像も出来なかったほど儚くも優しい声と笑顔に、伊丹は言葉が出てこなかった。

初めて感じるほどの高鳴る心臓をどうすればいいのか、伊丹は暫く混乱した。


「…そ、ん…、」

ふゆはの前でもあるにもかかわらず、伊丹は言葉を詰まらせた。


暫く沈黙していた伊丹はようやく落ち着きを取り戻すと、不安そうに幻洛の顔を見つめる。

「…本当に、そんな役目を担って良いのですか…?」

「ただ居座っているだけにはいかないだろ。」

酷く心配する伊丹に、幻洛は安心させるようにフッと笑みを向けた。


「何事がなくとも、せめて、日々村の見回りくらいはさせてほしい。」

幻洛は伊丹の返答を待つように、じっと顔を見つめた。


「…。」

「…伊丹…?」

再び黙ってしまった伊丹を心配そうに、ふゆはは傍らから声をかけた。


「…わかりました。」

ようやく言葉を発した伊丹は、何かに決心するように顔を上げた。


「でも、必ず、これだけは肌身離さず持つようにして下さい。」

伊丹は懐から紙のようなものを取り出すと、そのまま幻洛へと手渡した。

その紙には、非常に複雑な文様のようなものが描かれていた。


「札…?」

「それは護符です。…万が一危険な目に遭った際、この護符が幻洛さんをお守りしますので…。」

伊丹は今後のことを考え、真剣な表情で幻洛へ伝えた。

ただの紙のように思えるその護符には、並々ならぬ力が込められていた。


「…そうか、わかった。」

幻洛はその護符を受け取ると、しっかりと懐へとしまい込んだ。


「幻洛さん。」

伊丹は座り直すと、改めて、瑠璃色の目を幻洛へと向けた。


「これから、何卒よろしくお願いします。」

伊丹はそうはっきりと伝えると、深々と頭を下げた。

「ああ、こちらこそ、世話になるな。」

それに応えるように、幻洛も頭を下げた。


互いに頭を上げると、長い緊張がほぐれたように微笑みあった。


「…ふゆはも、よろしく頼む。」

「ええ、よろしくね。…せっかく打ち解けたのだもの、このまま別れるなんて悲しすぎるわ。」

この先も幻洛が居ると知ったふゆはは、安心するようにホッとした表情を浮かべた。


「…そうと決まったら、まずは部屋や服も用意しないとね。」

「そうですね。明日、僕の式神たちに調達させましょう。」

どことなく嬉しそうに話すその妖狐たちは、明日からの暮らしに夢を膨らませていた。

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