「龍神だと…?」
事の翌日、幻洛は紺桔梗色の髪を靡かせながら、万華鏡神社の濡れ縁に座り、美しい境内を眺めていた。
ボロボロになった服を改め、一部に白銀の糸を織り交ぜた煌めく衣装に新調されていた。
「ええ、幻洛さんの身体の半分は覚、もう半分は送り狼と、…その龍神のようです。」
伊丹は幻洛の傍らに座りながら、昨日の出来事を説明した。
伊丹の狩衣も、幻洛同様に白銀の糸が織り交ぜられたものに新調されていた。
「…そう、なのか。」
未だに、幻洛は自らが龍神の血を引いている事実を掴めていなかった。
「自覚症状など無いのですか?」
伊丹は不思議そうにしながら、実態の掴めていない幻洛の顔を覗き込んだ。
「ああ、全くわからんな。その龍神としての力が発揮されたときの感覚も、な…。」
「そうですか…。」
伊丹は龍神という種族について改めて考えた。
龍神は、既にこの世界から消滅したと言われている種族。
そして、そんな神と崇められる存在の血を引いている事実を知らない幻洛。
もしかしたら、実際は消滅などしておらず、今も何処かでこの世界を見守っているのではないだろうか。
伊丹は狩衣の袖をめくり、かつて呪いの進行を抑えるために巻いていた自身の腕を眺めた。
「…怪異の言っていた呪いを打ち消す効果も、幻洛さんに龍神の血が流れているから、…ということでしょうかね…。」
伊丹は頬を染めながらそっと呟いた。
幻洛のものが中に注がれた際に感じる、重い鎖が砕ける感覚。
それが幻洛の、龍神の力でもあるということを、伊丹は薄々と感じた。
まだ全ての包帯を解いたわけではないが、その刻が来るのも、すぐそこなのだろう。
一番強い呪いだった右目も、今では一切の違和感が無くなっていた。
この右目で見る景色は、どんな世界が広がっているのだろうか。
伊丹は楽しみで仕方がなかった。
「しかしまあ、記憶が曖昧になるのは勿論、妙な姿になってしまうのは暫く御免だな…。」
幻洛は薙刀を陽の光に当てた。
その薙刀は、鏡のように幻洛の姿を反射させていた。
「龍神の姿も、とても格好良かったですよ。…僕の旦那様。」
伊丹は覚醒した幻洛の姿を思い出し、照れくさそうにしながらスルリと幻洛に擦り寄った。
「…。」
ゆらゆらと尻尾を揺らしながら見つめてくる伊丹に、再び幻洛の鼓動は高鳴った。
ごくり、と幻洛は唾を飲んだ。
暫く伊丹を抱けていないこともあり、幻洛の欲が沸き立つのは容易かった。
「…そういうことをするなら襲うぞ…。」
幻洛はムラムラした雄の欲望を抑えながら、伊丹をジロリと金眼で捕らえた。
「フフッ、仕方のない幻洛さん…。」
色々な意味で元気そうな幻洛に、伊丹は笑いながらも心のどこかで安心していた。
「伊丹様、幻洛様。」
仲睦まじい二人は、突然声をかけられた。
そこには、伊丹の式神の姿があった。
「お取り込み中のところ失礼します。…こちら、帝からのお手紙を受け取りました。」
式神は頭を下げると、手元にあるものを露わにした。
「先程、帝の使いの方がいらっしゃいまして、必ず、お二人にお渡しいただきたいとのことで頂きました。」
式神はにこやかに話しながら、帝からの手紙を二人に手渡した。
「…そうですか、ありがとうございます。」
伊丹は驚きながらも礼を言い、式神はペコリと頭を下げて持ち場へ去っていった。
伊丹はそのまま幻洛と共に手紙を開けた。
「…!」
そこには、帝直々の言葉が綴られており、幻洛と伊丹は驚愕した。
ーーー幻洛殿 伊丹殿
先日、此方の卑劣な出来事に巻き込んだ件について、深くお詫び申し上げる。
また、あの怪異から救ってくれたことに、宮中一同、心より感謝致す。
この先も、其方たちにはこの万華鏡村を末永く守っていただきたく、心よりお願い申し上げるーーー
「まさか、こんな…。」
一通り目を通し、伊丹は驚きのあまり言葉を失った。
文末には帝の御璽がされており、本人が書いたもので間違いなかった。
「フッ…あの帝からもお墨付きされるとはな…。」
この万華鏡村を治める頂点の存在からも、二人で共に在ることを認められた。
そんな事実に、幻洛は夢見心地になっていた。
「俺は永遠に、伊丹と共に居ても良いということだな。」
「…今更、当然のことですよ。」
伊丹はフッと笑い、幻洛の肩に軽く寄りかかった。
「幻洛さん…。」
伊丹は懐から小包を取り出すと、そのまま幻洛へ渡した。
「…これ、は…?」
幻洛は渡された小包を開けた。
そこには、髪留めの紐と、美しい紅玉で作られた髪留めが入っていた。
昨日の件で壊れてしまった髪飾りの替えだろう。
その髪飾りは、以前のものより比べ物にならないほど綺麗で、周囲の光を取り込み、キラキラと輝いていた。
「僕を、呪いから解放してくれて、ありがとうございます。」
伊丹は頬を染めながら幻洛に身を寄せた。
紅玉は、勝利を呼ぶ石とも呼ばれ、古より、持ち主を困難から守ると言い伝えられている。
そして、その温かみのある赤い色は、愛の象徴という意味も含まれている。
「…この新しい刻を迎えた先も、貴方の傍らに居させて下さい。」
伊丹は幻洛の男らしくも綺麗な手に、自らの手をそっと重ねた。
「フッ、当たり前だ。…この先も、俺の傍らに居るのは伊丹、お前だ。」
幻洛も伊丹に身を寄せ、重なる伊丹の手の甲に優しく口付けをした。
「…着けても、いいか?」
紅玉の髪飾りをキラリと輝かせる幻洛に、伊丹はコクンと頷いた。
幻洛は伊丹から貰った紐でぐるりと長髪を束ね上げ、その上から紅玉の髪飾りを付けた。
紅玉の髪飾りが、幻洛の碧玉のように艶めく紺桔梗色の髪の中でキラリと輝いた。
その光景を、伊丹は胸を高鳴らせながら眺めていた。
彼はどんな姿でも格好いい。
そう思いながら。
「…俺の心も、救ってくれてありがとう、伊丹。…俺の、自慢の嫁だ。」
見蕩れる伊丹に笑みを向けると、幻洛は伊丹の腰に手を回して身を引き寄せた。
伊丹も幸せそうに、そのまま幻洛に身体を預けた。
「伊丹、愛している。」
「僕も、愛しています、幻洛さん。」
二人は寄り添いながら、互いの温もりを感じた。
そのアヤカシは、愛する者を力で守るため。
そのアヤカシは、愛する者を心で守るため。
この万華鏡村で、末永く、新しい刻を過ごしていった。
ーーーーーーーアヤカシガラミ【完】