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其ノ拾参、刻

幻洛と別れた裂は、村外れにある森の入り口付近に来ていた。

「…この辺りのはずだったが…。」

まだ陽は昇ったばかりだというのに、奥へと続く林道は極端に薄暗かった。

そして、呼び寄せるかのように風を吸い込み、まるで唸り声にも似た奇妙な風音。


そこは以前、伊丹が失踪未遂をした樹海の入り口だった。


ふと、裂は何かを思い出すかのように顔を顰める。

気配としては邪狂霊であったが、何処か違和感があった。

あれ程まで混沌とした強い気配を感じたことなど、これまで無かった事だ。

「勘違い、…で終わらせたくないところだが…」

不確かな気配だったこともあり、裂は一旦樹海入口での探索を切り上げた。


その場に残された重苦しい空気が、微かに揺れ動いていた。


………


「…何か収穫を得られればと思っていたが…。」

すっかり日の落ちた戌の刻。

万華鏡村はいつもと変わらず、夜の賑わいを見せていた。


平和であるのは良いことだが、なにか違和感を感じる。

その”なにか”の正体が一体何なのか。


「考えだしたらキリがないな…。」

裂はそう呟くと、万華鏡神社に向けて足を進めた。

今日はナギと巡回時間を入れ替えているため、そろそろ交代せねばならない。


裂が閑静な林道に差し掛かった時、その事件は起こった。


「たすけてええ!!」

「!!」

突然、助けを求める声が裂の聴覚を微かに刺激する。

声色から、おそらく子供の声だと裂は判断する。

「チッ!あっちか…!?」

声量からして、少し遠い場所からの叫びだった。

裂は声がした方角を特定し、渾身の力で地面を蹴った。


木々を縫うように、裂は小さな竹林を抜け出す。

「!!」

月明かりが照らす先には、泣き噦る白髪の男児の姿。

声の主はこの者で間違い無さそうだ。


裂は急いで男児の元に駆け寄る。

「おい、大丈夫か!?」

「ははうえ、ははうえがぁ…!!」

「…!!」

男児の指差す方向を見て、裂は驚愕する。


禍々しい邪気を放ち、まるで毛玉のように全身を触手が這う邪狂霊の姿。


その触手に覆われた身体は、かろうじてヒト型の名残が残っている。

しかし、余程強い怨念のためか異形と化しており、両腕は鎌のように、脚は蟲のように変形していた。


そこに、男児と同じ白髪のアヤカシ、雪女が捕らわれていた。

「ッ…!来ては…なりませぬ…!どうか息子を…!」

息絶え絶えに、雪女の母親は子を連れて逃げるよう促す。

だが、裂は退く気など一切無かった。

「…俺を甘く見られたら困るな…。」


これまで幾度となく困難に立ち向かってきた。

この村に来るずっと前から。


裂は背に身につけている忍者刀を引き抜く。

邪狂霊を目掛けてザッと地面を蹴ると、少量の砂利が宙を舞った。


目に見えぬ速さで、裂は邪狂霊に忍者刀を振りかざす。

「きゃっ…!」

雪女を捕らえる邪狂霊の触手を断ち切ると、雪女は呆気なく解放された。

すかさず、裂は雪女を邪狂霊から引き離し、片手で抱えながら男児の元へ後退する。


しかし、裂はこの時、呻き声一つ上げない邪狂霊に違和感を感じていた。


「…!あ、あ、ありがとうござい、」

「礼は後で聞いてやる。子供を守れ。」

気が動転し、言葉が出てこない雪女を早急に男児の元へ届けると、裂は服に付属する頭巾を深々と被る。


万華鏡神社の警護隊たるもの、村民の命を脅かす存在は徹底的に駆除しなければならない。


「…夜に俺と合うとは運が悪かったなッ…!」

夜戦を得意とする裂は、狂気じみた笑みを浮かべ、再び邪狂霊めがけて地を蹴った。


裂は独りで戦っているときの時間が好きだった。

犯罪組織に所属していた頃、どうすれば脱獄できるのか。

常日頃、寝る間も惜しみながら、まるで呪われたように考えていた。


もし、この目の前に広がる血の海が、自らを陥れてきたアイツらの残骸だったら。

そう思うと、恨めしくて、虚しくて、楽しくて仕方がなかった。


力強く畝りながら、邪狂霊が裂に攻撃を仕掛ける。

蛆虫のような触手が、多方向から襲いかかってきた。

「…!」

裂は素早い動きで相手の攻撃をかわし、慣れた手つきで忍者刀を振りかざす。

ふと、邪狂霊の顔らしきものが裂の視界に映った。

「ッ…!?」

まるでこの時を待っていたと言わんばかりに、ニヤリと上がる口元。

その光景に、裂の行動が一瞬だけ鈍る。


「…お前、何者だ…!?」


本来、邪狂霊となった者は、生前の意思だけを頼りに襲いかかってくるものだ。

しかし今、目の前にしている者は完全に違っていた。


暗闇の中に感じる、はっきりとした自我。

それはまるで、今もなお生きているようだった。


鈍った裂の動きに、邪狂霊の攻撃が容赦なく繰り出される。

「チッ…!」

邪狂霊の触手に殴り飛ばされ、裂は救出した雪女の親子の前に投げ出される。


鈍く深い痛みが、肩からじわりと広がる感覚。

殴られたと同時に、あの腕が変形した鎌で斬られたのだろう。

目の前には、自らのものと思われる鮮血が地に飛び散っていた。


「は、はは…!面白いな、オマエ…!!殺し甲斐がありそうだ!!」

負傷しているにもかかわらず、裂は凶悪な笑顔で戦いを楽しんでいた。


襲いかかる邪狂霊の圧力に、裂は忍者刀を構えて迎え撃つ。

しかし、斬られた肩から腕までの感覚が鈍い。

忍術を繰り出す余裕も無く、このまま耐えきるのも、もはや時間の問題だった。


邪狂霊の鎌が振り上げられ、鋭利な刃がギラリと光るのが見えた。

その光景ですらも、裂はニヤリと笑みを見せる。


こちらも殺しをしているんだ。

ゆえに、殺される覚悟だって、いつでもできている。


グッ、と裂は奥歯を噛み締めながら目を瞑るーーー


「裂!!」

暗闇の中、自分を呼ぶ声が聞こえる。


「!!」

黒と黄色の服装が印象深い、かつて対立の組織に居た者。


目の前には、こちらに駆けてくる劔咲の姿があった。


戦いに狂っていた裂の表情が、スッと冷静なものに戻る。

「…おいウソだろ…。」

思ってもなかった光景に、裂の口から唖然の言葉が零れ落ちる。


「はぁ!!」

劔咲は持ち前の特徴的な形の巨大金属武器を構え、迷うことなく邪狂霊に振りかざす。

おそらく相当の重量がある武器だが、彼女は難なく振り上げ、力と重さで邪狂霊に立ち向かっていた。


片膝をついていた裂は何とか立ち上がり、感覚の鈍る片腕を庇いながら再び忍者刀を構える。

「…お前、何故こんな所に…」

「話は後だ!ヤツを片付けるぞ!」

劔咲が邪狂霊を引き付けているお陰で、若干の余裕が出来た裂は、すかさず忍術で雪女の親子の周りに結界を作った。


一先ず、これで親子の安全は確保された。


あとはこの邪狂霊を仕留めるだけだ。

列は負傷しながらも、急ぎ劔咲の元へ参戦した。


「チッ…!おい裂、何なんだあいつは…!邪狂霊にしては様子がおかしいぞ…!?」

「…わからない。だが、普通のヤツより危険な存在なのは間違いなさそうだな。」

やはり、劔咲もこの邪狂霊の違和感に気付いていた。

そして、この”謎の怪異”は、これまで裂が探っていた気配に酷似していた。


おそらく、この怪異が気配の主で間違いなさそうだ。


保護している親子の為にも、あまり時間は掛けられない。

救援に来た劔咲と力を合わせ、早急にこの戦いを終わらせねば。


「!?」

突然、音もなく邪狂霊が姿を晦ます。

まるで嵐の前のような、嫌な静けさだった。


じわりじわりと、強く禍々しい気配が近づいてくる。


「劔咲!!上だ!!」

裂の叫びに促され、劔咲は頭上を向くと、目の前には先程までの邪狂霊の姿。

邪狂霊の鎌と、劔咲の武器が交差し、ギィンッ、と鋭い金属音が周囲を木霊する。


「っ…!ナメんな!!」

劔咲は持ち前の怪力で跳ね返し、そのままもう片方の武器で怪異の身体をグサリと貫いた。


ぼたぼたと、怪異の鮮血が流れ出し、地面を真っ赤に染め上げる。

途端に、劔咲の武器で串刺しのままの邪狂霊が顔を上げる。


触手の合間から見えるものに、劔咲はゾッと凄まじい鳥肌が立った。


顔と思っていた場所は、顔ではなく、巨大な口のみ、だった。

そして、その巨大な口の中には、複数の人面が覆い尽くされ、まるで効いていないかのように笑っていた。




『ソノテイド、オソレルニ、タラズ』




「っ…!?」

パリン、と硝子細工が割れるように、その邪狂霊は突然粉々になり、風に流されるように姿を消してしまった。


「消え、た…?」

再び何処かから襲ってくるのではないかと劔咲は身構える。

しかし、先程までとは打って変わり、その禍々しい気配が一切無くなっていた。

「…消えたというより、逃げられたと言う方が正しいかもしれないな…。」

痛む肩を庇いながら、裂は劔咲に近づいた。


なんとも納得できない終わり方に、劔咲は深々と溜息を吐く。


「裂、一体ヤツは…、」

「あの!ありがとうございます!!」

言い終わる前に、救出した雪女の母親が子供と手を繋ぎながら礼を述べる。

「ああ!劔咲様まで…!御二方とも…なんとお礼を申せば良いか…!」

「礼など不要だ。それより、そなたたちが無事で良かった。」

感謝の気持ちを抑えきれない母親に、裂は苦笑いした。


改めて、裂は状況を整理する。

「…それより、夜にこんな閑静な場所まで子と出歩くなど感心しないな。送ってやるから、大人しく帰る事だな。」

「…!申し訳ありませぬ…。この子が、しきりに外に出たがっていたのを許してしまった故…。」

母親は頭を下げ続けた。

その隣で、しゅんとする子供の前に、劔咲は目線を合わせるようにしゃがみ込む。


「…何で外に出たがっていたんだい?」

劔咲は安心させるように笑みを浮かべながら、子供に話しかけた。

これまでの出来事に、子供はオドオドと困りながらも劔咲の問いに答えた。


「…よばれたの、ぼくのなまえ、たくさんのひとに、ずっとよばれていたから…。」

「この子を呼ぶ声など、私には聞こえなかったのですが…。それにこんな夜更、村に出歩いている者などそう居ないはずなのに…。」


付け加える母親に、劔咲と裂は互いに顔を顰めた。

どうやら今回の件は、慎重に探らねばならないようだ。


「ご、ごめんなさい…。」

「もう済んだことだ。次は気をつけるんだぞ?」

劔咲は子供をあやすように、真っ白な頭を優しく撫でながら約束の指切りをすると、先に買い物をしていたと思われる紙袋を片手で持ち上げた。


そのまま裂と劔咲は、雪女の母と子を家まで送るために足を進めた。


………


「裂、怪我は大丈夫か?」

親子を家まで送り届けた裂と劔咲は帰路についていた。


一通りの騒動を終え、劔咲は先の戦いで負傷した裂を心配した。

その肩から出血は止まっているものの、猛烈な痛々しさを物語っていた。


「ん?ああ、そういえばそうだったな。」

「そういえば、ってお前なあ…。」

まるで今まで忘れていたかのような物言いに、劔咲は呆れたように溜め息を付いた。


「戦うことを優先して痛覚を遮断していた。痛みがあると戦いにくいしな。」

裂は自身の能力で、自らの痛覚を遮断することができる。


裂の言う通り、戦う際に痛覚がなければ、常に全力で戦うことができる。

しかし逆を言えば、命の危機に気づけず、最悪の事態を招く可能性が高くなる。


「まあ、屋敷についたら痛覚も戻すさ。今ここで呻かれても困るだろ?」

「…。」

裂は笑いながらそう付け加えるも、劔咲は黙ったままだった。

重苦しそうに、劔咲は口を開く。


「…あまり命を軽視しないでくれ、裂。」

「?」

劔咲は、裂の痛覚遮断能力に賛同できなかった。

おそらく裂が戦闘狂になったのは、少なからずこの能力も影響しているのだろう。


「お前の過去の事情はわからないが、私は誰かの捨て駒になるだけの日々を送ってきた。」

過去、政府の軍事組織に所属していた劔咲。

過去、悪名高い犯罪組織に所属していた裂。

正反対の組織ではあるものの、前線で戦う者に対しては権利もなく、ぞんざいに扱われてきた。


「…。」

あの日、怪異の森へ置き去りにされた記憶が蘇り、裂は口を噤む。


「だが、今のお前にも私にも、帰るべき場所があり、待つべき者が待っている。…そのためにも、生きて帰らねば失礼だろう?」

「!」

劔咲は困ったように笑いながら伝えた。

その言葉に、裂はハッと目を見開いた。


昔のように、ただ戦うだけで終わりではない。

今は、在るべき場所に帰るために、待っている者たちのために戦っている。


疾走した伊丹が帰ってきたあの日、皆と笑顔で安堵を分かち合った時を思い出し、裂はフッと笑みをこぼした。


「………へえ、劔咲は脳筋かと思いきや、意外と物事を考えているんだな…。」

「ハハッ、鼻の骨でも折られたいか?」

「待て待て冗談だ。悪かった。」

笑顔でメキッと指の骨を鳴らす劔咲に、裂はスッと距離を置いた。


「…そういえば、劔咲は何故こんな時間に?」

裂は続けて話を繰り出した。

劔咲は屋敷の家事全般を担っており、戌の刻を過ぎた頃など屋敷にいるのが普通だった。


「ああ、急な買い出しがあっただけさ。明日の朝食が少ないと、皆困るだろ?」

そう言うと、劔咲は食材の入った大袋を片腕で抱え直した。

もう片方の手には自身の武器も抱えており、おそらく相当重いはずだろう。

しかし劔咲は怪力という体質により、この状況すら物ともしない様子だった。


「なるほど、な。」

裂は静かに呟いた。

おそらく劔咲が本気を出せば、裂の腕など、いとも容易く折ることも出来てしまうだろう。


「劔咲のおかげで助かった。ありがとう。」

裂は素直に感謝を述べた。

「…フッ、急な買い出しに感謝、だな。」

「はは、何だそれは。」

劔咲の戯言に、裂はつられ笑いした。


「…それにしても…、」

先の戦いを振り返るように、劔咲は話を続けた。


「異形化した邪狂霊は、あれ程まで禍々しい存在だっただろうか?」

「いや、あの異様な雰囲気は今まで見たことがない。」

劔咲の疑問に、裂はハッキリと答えた。


以前、ナギが負傷した際も、相手は異形の邪狂霊だった。

関連性はまだわからないが、あの半魔であるナギが倒れるほどの怪我を負ったのだから、危険度は並外れに高かったはずだ。


今回の件も、裂と劔咲の二人が相手にしても、致命傷を与えることすらままならなかった。


「…とにかく、この万華鏡村に、なにか良からぬことが起ころうとしているのは間違い無さそうだな…。」

裂はそう言うと、万華鏡神社へと足を進めた。


「…そう、か…。」

認め難い事態に、劔咲も小さく呟きながら、裂と共に歩みを進めた。


一体どうして、あの邪狂霊は誕生したのか。


今の劔咲たちには、知る由もなかった。


………


「!」

「え、裂どうしたの…!?」

屋敷へ戻ると、茶の間にはナギとふゆはの姿があった。

戻ってきた裂の姿を見て、日頃から表情の乏しいナギが少しだけ驚く表情を見せた。


「何があった。」

ナギは一層真剣な表情で、単刀直入に劔咲と裂に問いただした。

「ただの怪異に巻き込まれただけ、だ…ッ」

痛覚遮断能力を解除した裂は、肩口に負った傷に顔を顰めた。

「おい動くな。…ふゆはちゃん、傷薬を持ってきてくれ。」

「わかったわ。」

かなり傷が深いのだろう、劔咲は応急処置を施しながらふゆはに手伝いを依頼した。


「…何故知らせなかった…。」

ナギの声には、少しばかりの怒りが含まれていた。

そんなナギに対して、裂は茶化すように答える。

「ああ、それについてはすまなかった。見慣れない怪異で、少し余裕がなかった…。だが丁度、劔咲が来てくれてな。お陰でこの程度で済んだ。」

「見慣れない…?」

読めない状況に、ナギは疑問符を浮かべた。


「持ってきたわ。劔咲。」

傷薬を持ってきたふゆはは、幻洛と伊丹も連れてきた。

「裂さん…!?」

「おい、どういうことだ。」

驚愕する幻洛と伊丹は、そのまま裂の前に座り込んだ。


状況は悪くも賑やかになった出迎えに、裂はフッと静かに笑った。


「異形化した邪狂霊のはずだったが、はっきりとした自我を感じた。今までに例のない怪異だった。」

「…残念ながら、我々二人がかりでも仕留めることは出来なかったが…。」

治療を受ける裂に続き、劔咲も当時の状況を伝えた。


「…今までに例のない、ですか…。」

二人の話に、伊丹は神妙な面持ちで呟いた。


「なあ、ナギ。」

裂の治療を終えた劔咲は、医薬品を片付けながらナギに問いかける。

「以前、ナギが遭遇した異形の邪狂霊というのは、どのような姿をしていた?」

劔咲の問いに、ナギはゆっくりと答えた。


「…あの日は天候のせいで視界が悪く、ハッキリとした姿は確認できなかった。…が、体中が触手のようなもので覆われて、鎌のようなものを振り回していた。」

「!!」

ナギの言う邪狂霊は、今日、劔咲と裂が遭遇したものと一致していた。

確信したように、劔咲と裂は顔を合わせる。


「…ただ…、」

ナギは当時を思い出しながら付け加えた。

「ただ、ヤツは何かを探している様子だった。…俺の排除は二の次、といった様子でな…。」

「…。」

ナギの言葉を劔咲と裂は黙って聞いていた。


ーーーソノテイド、オソレルニ、タラズーーー


先の戦いの時、あの怪異は、そう言葉を放っていた。

それはまるで、こちらの力を試しているように。


「…。」

ナギたちの話を聞いていたふゆはは、ドッと心臓が不気味に高鳴るのを感じた。


体中が触手のようなもので覆われた邪狂霊。

それは以前、伊丹に結界の術を教えてもらっていた頃、同じような”作られた怪異”と出会っていた。

ただの、偶然なら良いがーーー


「…ふゆはさん?」

「!」

そう呼ばれ、ふゆははハッとした。

傍らには、心配そうな顔をした伊丹がいた。


「大丈夫ですか?…あまり、顔色が良くないようですが…、」

「…え、ええ…、大丈夫…。」

「…無理はダメですよ…。」

伊丹は優しく言うと、ふゆはを安心させるようにソッと肩を包み込んだ。


「とにかく、もしも前回ナギが遭遇したヤツと、今回裂と劔咲が遭遇したヤツが酷似しているならば、今後一層の注意を払わねばならないな。」

ナギたちの会話を聞いていた幻洛は静かに言い放った。


これまでの例にない、はっきりとした自我。

半魔でも、二人がかりでも仕留められない強力な力。

そして、何かを探すような素振り。


「…一体、その邪狂霊は何が目的なのでしょうか…。」

伊丹は誰宛にでもなく呟いた。


ここ最近目立つ、異形と化した邪狂霊の報告。

それはまるで、何かを急いでいるかのようだった。


伊丹はそう感じていた。

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