『俺の、ツガイとなってほしい。』
幻洛から求婚され、その思いを受け入れた伊丹。
互いの想いが通じ合えば、為すべきことはただ一つ。
ツガイの契りを結ぶ儀式を行うことだ。
伊丹を蝕む呪の件もあるため、誰にも見られぬよう、儀式は真夜中、万華鏡神社で行う事となった。
………
周囲が静寂に包まれた亥の刻。
暗闇に浮かぶ満月が、煌々と辺りを照らす。
幻洛は万華鏡神社にある一つの小部屋に居た。
「よくお似合いですよ、幻洛様。」
伊丹の式神が優しく声をかける。
そこには羽織袴に身を包んだ幻洛の姿があった。
「…お前たちは伊丹の式神なんだろ?式神とは、どういう感覚なんだ?」
幻洛は別の式神に長い前髪を整えられながら尋ねた。
「我々の力の源は全て伊丹様と繋がっております。それぞれ自我を持って動いておりますが、大元の意識は伊丹様に紐付いております。」
幻洛の羽織袴を整える別の式神も答える。
「元々ただの紙切れではございますが、こうしてヒト形になれれば各々の思いや考えで行動が出来るのです。主力は伊丹様ですので、行動範囲は限られておりますが。」
自我を持つ無機質な生物ということだろうか。
矛盾し合う単語に、幻洛はあまりピンと来なかった。
幻洛は質問を続けた。
「例えば今、伊丹がこちらの状況を知る事は出来るのか?」
「はい。我々が”自我”を利用して伊丹様へ伝える事も、伊丹様ご自身が我々を通じて現状を把握することも出来ます。」
ある意味、幻洛が持つ千里眼の力に近いものだった。
元を辿れば、式神はただの紙切れだ。
それぞれが自我を持ち、各々が個性あふれる妖狐に化け、自分たちと殆ど変わらない生活を送っている。
それだけではない。
少し前、ふゆはが伊丹と結界の鍛錬を行った際、模擬戦として作られた邪狂霊も式神だと伊丹は言っていた。
今目の前にいる彼らも、伊丹の力次第で敵対することがあるのだろうか。
「お前たちは伊丹の式神として生まれて良かったか?」
袴の帯を整える式神に、幻洛は問いかけた。
「…あいにく、我々には生まれるという感覚が無く、死ぬという感覚もありません。その点においては何とも言えませんが、それでも、伊丹様の式神であり光栄に思っております。」
「それは伊丹が教えた事か?」
「いえ、この感覚は少なくとも我々の自我による言葉でございます。」
生まれるという感覚が無いまま、伊丹の下で働く。
一体、どこからが伊丹の意思で、どこからが”彼ら”の自我なのだろうか。
式神とは、とても不思議なものだ。
「つまり、お前たちは伊丹が背負っている例の件についても知っているのか?」
「伊丹様の呪いのことですね。勿論。」
式神は何食わぬ顔で、伊丹の呪いについて話し出す。
「ただ、我々にとっては生死の感覚が理解できぬゆえ、事の重大さもわからないのです。…それでも、良きからぬ事であるというのは認識しております。」
着付けを終えた式神は、真剣な面持ちで幻洛を見据えた。
「どうか伊丹様を、我が主をお救い下さいませ…。」
それは式神の自我による思いなのか、伊丹本人の思いなのかはわからない。
ただ、両者共に呪いの解放を望んでいるということだけはわかった。
この先の、万華鏡村の未来の為にも。
大切な仲間たちの為にも。
「…普段、こうして話す機会などなかったからな。”お前たち”の話を聞けて良かった。」
「ふふ、伊丹様のお相手が幻洛様で、我々も嬉しい限りです。」
式神は柔らかな笑顔を幻洛へ向け、主である伊丹との契りを祝福した。
その笑顔は、どことなく伊丹に似ているような気がした。
「伊丹様の準備は整っております。どうぞ、此方へ…。」
別の式神が、幻洛に声を掛ける。
いよいよか…、そう幻洛は思いながら、やや緊張した足取りで儀式の間へ向かった。
………
儀式の間の襖を開けると、そこはまるで別世界のように装飾されていた。
祭壇の前に、白い衣装に身を包んだ愛しい者の姿があった。
「!」
幻洛の目に映る伊丹は、白無垢姿だった。
そんな伊丹を目の前に、幻洛は思わず息を詰まらせる。
立てば芍薬、座れば牡丹
今、この伊丹を表現するならば、この諺が一番適していると言えよう。
この者が男でも女でも、そんな事は既にどうでもよかった。
幻洛の存在に気づいた伊丹はフワリと振り返る。
窓辺から降り注ぐ月の光が、伊丹という存在をより一層煌めかせた。
…綺麗だ…。
幻洛はそう純粋に思った。
想像していた以上に、伊丹の白無垢姿は幻洛の脳裏に衝撃を走らせた。
「あの、言いたいことは山々あるのですが…、」
伊丹は顔を赤く染めながら、遠慮がちに幻洛を見上げた。
「…僕はなぜ、こんな格好をしているのでしょうか…。」
狐の嫁入りじゃないんですから…。
伊丹はそう付け加えると、恥ずかしそうに綿帽子で顔を隠した。
そんな伊丹の姿を、幻洛は暫く目に焼き付けていた。
嗚呼、なんて綺麗で愛おしいのだろうか。
このまま二人だけの世界に連れ去ってしまいたいくらいだ。
幻洛はニヤける顔もそのままに、伊丹の向かいに座り込んだ。
「伊丹に白無垢を着せるのが俺の夢だからだ。」
「………ほんっとうに、物好きなんですから…。」
伊丹は不服そうに口をムッと噤むも、赤面したその表情はまんざらでもなさそうだった。
「仕来りはわかっているか?」
「ええ、一応は…。」
「なら、話が早いな。手取り足取りで教えてやろうかと思ったが。」
「残念ながら、そこまで無知ではありません。」
俗に疎い伊丹でも、そこまではわかっている。
幻洛の怪しい欲望を制した伊丹は、ふふんと鼻で笑った。
ツガイの契り。
それを結ぶには、生涯の伴侶となる者と一つの盃に入った酒を分かち合うことになる。
先に嫁が酒を飲み、後に婿が酒を飲み干せば、その二人は晴れて正式なツガイとなるのだ。
「…。」
伊丹は、既に式神たちが用意していた目の前の大きな盃にチラリと目をやった。
「幻洛さん、お酒は大丈夫なんですか?」
ここでこんな話を出すのも野暮かもしれないが、幻洛は酒が飲めなかった。
もちろん体質的な理由ではなく、単に旨味を感じないという理由によるものだった。
「…フッ、ここで飲まない理由などないだろ。」
「ふふ、でしょうね。」
互いの言葉遊びに静かに笑いながら、伊丹は盃を手に取った。
「…いただきます…。」
伊丹は目を伏せながらゆっくりと盃に口を寄せ、静かに酒を飲み始めた。
「…。」
あまりにも美しく妖艶なその光景に、幻洛は思わずゴクリと唾を飲んだ。
ドクンと心臓が高鳴り、雄の本能が滾り始める。
ああ、伊丹。
やっと手に入れた、俺の心の拠り所。
ようやく手に入れた、大切な存在。
だが、まだ足りない。
伊丹が、足りない。
心も身体も、呪い以上に、全て俺が支配してやる。
伊丹、伊丹が足りない。
抱きたい。
抱きたい。
俺は、伊丹を抱きたい。
お前を、俺の全てで満たしたい。
「…幻洛さん…?」
「!!」
伊丹の声に、幻洛はハッと我に返る。
俺は今、何を考えていた。
「…すまない、見惚れていた。」
「ふふっ、ぼんやりしすぎると、幻洛さんの分も…飲んでしまいますよ…?」
伊丹は顔をほんのり赤くしながらも、機嫌が良さそうに幻洛を揶揄した。
おそらく、既に酒が回っているのだろう。
伊丹は体制を崩すと、前のめりで幻洛をうっとりと見つめた。
幻洛と違い、伊丹は酒は飲めるが、酒に飲まれるのも早かった。
「…。」
伊丹の乱れた白無垢から、白い鎖骨がチラリと目に映り、幻洛はゴクリと唾を飲んだ。
「………そうだな、全て飲まれては困るからな…。」
先程までとは打って変わって真剣な面持ちで静かな幻洛。
そんな幻洛の姿に、伊丹は面白そうに尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
幻洛が雄の本能を抑えているのも知らずに。
幻洛は伊丹が飲んでいた盃を片手で奪うと、軽く一呼吸置き、そのままグッと口に含んだ。
酒特有の苦みが口の中で広がり、幻洛は顔を顰めた。
「…。」
ゴクリ、と喉仏を動かし豪快に酒を飲む幻洛の姿を、伊丹はうっとりと眺めていた。
…幻洛さん、ずごい、雄々しい…格好いい…。
酒のせいか、それとも本能なのか。
伊丹の思考はドロドロに溶かされていた。
「は、…。」
酔うという感覚もわからないまま、幻洛は水のように酒を全て飲み干した。
これの、どこがそんなに美味いのだろうか。
幻洛はそう思いながら、飲み干した盃を傍らにトンと置いた。
幻洛と伊丹はツガイの契りを結んだ。
この先は、互いを伴侶として、一生を連れ添い生きていくことになる。
ようやく、伊丹を手に入れることができたのだ。
「伊、…」
「幻洛さん…。」
幻洛は喜びと感謝を伝えようとするも、伊丹にその言葉を遮られる。
目の前にいる月明かりに照らされた伊丹の姿は、幻洛の本能をいとも容易く揺るがせた。
「…幻洛、さん…、ぼく、もっと…欲しいです…。」
求めるものは酒なのか、幻洛なのか。
伊丹は頬を赤く染め、虚ろな目でスルリと幻洛に擦り寄った。
そのまま躊躇いもなく、伊丹は幻洛に口付けた。
「!!」
突然の出来事に、幻洛の思考は停止した。
そして、幻洛は今まで抑えてきた理性がぐらりと崩れ落ちるのを感じた。
「んっ…、は、…、」
伊丹はぎこちなくも、舌を差し伸ばし幻洛の唇を奪った。
それはまるで、初めて口付けしたときの幻洛を真似るようだった。
幻洛の中で、今まで堪えてきた欲が一気に爆発した。
「…くそっ…!」
幻洛は本能のままに伊丹の唇へ噛み付いた。
「っ…!?」
突然の行動に、今度は伊丹が呆気を取られる。
ぬるり、と口腔を弄るぬるい感触。
伊丹は、ソレが幻洛の舌であることを理解した。
ぬちゅぬちゅ、と、幻洛の舌で弄ばれる口腔から卑猥な音が神聖な間に響き渡る。
「はぁ…、んっ…」
荒々しい口付けから、伊丹は漸く解放される。
つぷ…、と離れ際に銀色に輝く糸が名残惜しそうに繋がる。
その光景に、伊丹はとてつもない幸福感に包まれた。
「幻洛、さ…っ、ぅあっ…!」
伊丹の視界がぐるりと回り、天井が視界に映った。
ようやく、自分は押し倒されたことを伊丹は理解する。
そこには、欲に溺れ、獲物を捉えたような目で自分を見下ろす幻洛の姿があった。
しかし、その表情はとても辛そうなものだった。
「!…んっ…ぅ…」
「は、…伊丹…」
伊丹の鎖骨に噛み付きながら、幻洛は貪るように白無垢を剥いでいく。
ひんやりとした空気に、伊丹の色白い素肌が曝される。
包帯の巻かれていない胸元に幻洛の大きな手が添えられ、伊丹の肌を弄んでいく。
オス、だ…。
酒の酔いはどこへやら。
恥ずかしいという感情以上に、見たこともない姿の幻洛に、伊丹はただ圧倒されていた。
ひんやりとした空気が、胸元から下腹部の方まで下がっていく。
幻洛は伊丹の白無垢の帯を解き、その肉付きの少ない脇腹を愛おしそうに唇で喰んだ。
「んっ、やぅ…!」
びくん、と、伊丹の白くて綺麗な長い脚が白無垢の裾を蹴り上げる。
甲高く鳴く甘い声を求めるように、伊丹を喰む唇は更に下まで降りていく。
ぐいっと片脚を抱え上げられ、半ば夢心地だった伊丹はハッと慌てた。
「…だめ、…っ、げんらく、さん…、そんなところ…っ、あ…!」
暖かく湿った幻洛の舌に、べろり、と太腿を舐め上げられ、伊丹はその感覚にビクビクと身体を震わせる。
静止させようと伊丹は幻洛の頭に手を伸ばすも、その抵抗はあまりにも非力なものだった。
伊丹は密かに、この先の展開を期待していた。
「ッ…、は…、伊丹…」
ちゅ、ちゅ、と、幻洛は伊丹の太腿を夢中で貪る。
伊丹の手が己の頭にやんわりと添えられ、抵抗を感じた幻洛は意識的に欲を抑え込む。
…何をやっているんだ、俺は。
伊丹とツガイの契りを結んだといえど、合意の無いままコトに及ぶなど凡愚に過ぎない。
ダメだ、止めろ、抑えろ。
目を覚ませ。
抱えていた伊丹の太腿をそっと下ろし、幻洛は苦しそうに滾る息を飲み込む。
「っ…、はっ…、すまない…、がっつき過ぎた…、………ん?」
冷静さを取り戻した幻洛は、伊丹の脚の間にある光景に目を疑った。
はだけた下着から、控えめな反応を見せる伊丹の雄。
そのすぐ下から、隠れるようにひっそり身を隠す存在。
「な…、嘘、だろ…。」
「え…?」
メスだ。
そこには、どこからどう見ても雌の性器と同じものがあった。
驚愕しながら、幻洛は伊丹の濡れた雌の入り口に中指をグッと優しく押し当て、そのままヌルッと撫で上げる。
「…ひ、ん…!」
ビクッと、伊丹の腰が跳ねる。
その感覚に連動するかのように、尻尾も快感に震え上がる。
幻洛の指を更に求めるように、伊丹の雌がヒクヒクと震え、奥へ奥へと誘う。
欲望全てを刺激される光景だが、信じられない状況にそれどころではなかった。
「伊丹、お前のコレは…、どういう事だ…。」
「は、…?な、にが…?」
いまいち、伊丹は幻洛が驚いている事を理解できていなかった。
「お前のここ、女のやつだろ…。」
「な、何です…?」
この有様に驚かない伊丹に、幻洛も理解ができなかった。
「だって…、これが”普通”では…?」
伊丹はキョトンとし、一体どこがおかしいのだろうか?と首をかしげる。
何も疑問に思わず、当たり前のような言い方をする伊丹に、幻洛の思考が一瞬停止する。
「普通ではない。」
「!?」
冗談ではない、非常に深刻そうな幻洛の返答に、伊丹はようやく驚きを見せる。
「あり得ない…。こんな、男と女の下半身が一体化しているなど…。」
「ど、どういう事ですか…!?」
幻洛は答えず、伊丹の両性器を真剣にも奇妙な面持ちで眺める。
「ち、ちょっと待って下さい…!そんな、僕…!!」
伊丹は混乱した。
恥ずかしさが一気にこみ上げ、急ぎ身に着けていた白無垢で身体を隠す。
普通ではない、あり得ないことが、背負っている呪いの他にあったなど、今更すんなり受け入れられるはずがない。
「す、少し、時間を下さい…。」
「あ、あぁ…勿論…。」
伊丹ははだけた白無垢を手で抑えながら、そのまま駆け足で儀式の間を出ていってしまった。
幻洛は後を追わず、その場で頭を悩ませた。
「…あれは、怪異の一つなのか…?それとも、伊丹の呪いが関係しているのか…?」
伊丹の雄の下にひっそりと息づく、伊丹の雌。
あの光景が頭の中で蘇り、幻洛の下半身が再び熱を持ち始める。
「…ッ、くそ…。」
思考が、本能に支配されていく。
無理に性欲を抑えていた身体が一気に高揚し、その息苦しさに幻洛は身に着けている羽織袴の帯を乱暴に解いた。
伊丹の体液が付着した己の中指に、幻洛はそのまま夢中で齧り付く。
初めて味わう雌の体液に、幻洛の理性は簡単に崩壊した。
雌だ。
雌だ。
雌の匂いだ。
伊丹の匂い、だ。
「っは、…ッ!」
熱を持ち、痛いほど腫れて勃ち上がった雄を、幻洛は本能のまま握り擦る。
これ程まで欲情したことは記憶にない程だ。
今はただ、伊丹が欲しい。
伊丹の中に、この熱く滾った雄を突き挿れたい。
思い切り揺さぶりたい。
溢れるくらい、中に出したい。
「チッ…、抜くしかない、か…」
伊丹の雌を求め、己を制御できなくなった幻洛。
そんな愚かな自分自身に舌打ちしながら、幻洛はそのまま快楽の波へ溺れていった。
………
「伊丹…、入っていいか…?」
「どうぞ…。」
欲を吐き出し、一応落ち着きを取り戻した幻洛は浴衣に着替え、伊丹の部屋を訪れていた。
伊丹もすっかり酔いが覚めた様子で、浴衣姿で布団の上へ座っていた。
幻洛はゆっくりと、伊丹の隣に腰を下ろした。
「その、がっついてすまなかった…。」
「…いえ、その、僕の方こそ、お見苦しい姿を…。」
神聖な万華鏡神社で、あまつさえ儀式の間で、あのような愚行をしたことに幻洛は深く反省していた。
伊丹も、酒と幻洛の雄々しさに酔い崩れ、あの場で幻洛を欲していた己のはしたなさに自己嫌悪になっていた。
「あの…、僕のこの下半身も、”普通”ではないのでしょうか…。」
恐る恐る、伊丹は自分の身体について幻洛に尋ねる。
「ああ、こればかりは、俺もかなり驚いた。あくまで俺の推測に過ぎないが、おそらくはソレも何か関係していそうだな…。」
「…そう、ですか…。生まれつきだったもので、本当に僕はこれが普通かと…。」
「まあ、無理もないな…。」
生まれつきという理由で、何も疑問に思わずこれまでを過ごしてきた伊丹。
何か重要な意味があるのかもしれないと、幻洛は伊丹の身体について考えた。
「伊丹、そうなると月のものは訪れたりしているのか?」
「月の…もの…?」
伊丹は理解していない様子で首を傾げた。
いわゆる、月経だ。
女の身体であれば自然と訪れる現象で、子を成すために必要な身体の働きである。
それすらも伊丹は知らなかったようで、幻洛から話を聞くとブワッと顔を赤くした。
「…い、いえ…、そんなことも一切無く…。」
「そうか…。」
伊丹は恥ずかしそうに首を横に振った。
つまり、たとえ伊丹に精を注いでも、子を成すことは出来ないことになる。
伊丹の身体を蝕む痣と同じ禍々しさは感じないため、呪いの一部とは考え難い。
ならば、男として生まれたはずの伊丹が、女の性器をも持つ理由は一体何なのか。
「伊丹。」
改めて、幻洛は伊丹と対面して向き合う。
幻洛は少し気恥ずかしそうに、伊丹に問いかける。
「…この気持ちを伝えたら、きっとお前は俺を軽蔑するだろう。だが、そんなことは覚悟の上で伝える。」
真剣な表情で、黄金に輝く瞳を伊丹に向ける。
「俺は、お前を、…伊丹を抱きたい。」
重低音の声が、撫でるように部屋に響き渡る。
それを最後に、辺りが静寂に包まれた。
音の無い音が、痛いほど耳に突き刺さる。
「…その、出来そうか…?」
「…。」
返答のない伊丹に、幻洛は不安の唾を飲みながら伺う。
儀式の間であんなことをしておいて、今更そんな事を聞くのかと笑われる覚悟をしていた。
しかし、そんな覚悟は不要と言わんばかりに、伊丹も頬を赤く染めながら目を伏せて小さく頷いた。
「…幻洛さんとなら…、もう何も怖くないですから…。」
消え入りそうな声で伊丹は返事を返した。
それに…、と、伊丹は恥ながらも真剣な表情で深海のような色の瞳を幻洛に向ける。
「僕も、その、…幻洛さんが欲しい、です…。」
不安そうにギュッと浴衣の裾を握るも、その手の内には強い意志が込められていた。
「ツガイの契りを結んだ以上、既に幻洛さんは僕のものであるのはわかっています。ただ、そういう意味ではなく…、」
もぞもぞと、伊丹は口籠る。
自分の貪欲な顔を見られたくないと言わんばかりに、幻洛の肩口にトンと顔を埋める。
「ちゃんと、身体の奥底まで貴方を感じたい…。呪いではなく、幻洛さんを感じたいんです…。」
甘えるように、幻洛の肩口に頬を擦り寄せる。
伊丹は気づかれないように、幻洛の下腹部に熱い眼差しを向けていた。
「…。」
素直に自分を欲しがり、擦り寄る伊丹の温かな体温。
その感覚に、ゾクゾクと幻洛の腰が熱く痺れる。
抜いたばかりだというのに、下腹部が重い熱を持ち始め、下着を圧迫させているのを感じていた。
幻洛は苦しくも堪えるように、伊丹の頰をグイと持ち上げ唇を寄せた。
深く刻み込むように、低い声が囁かれる。
「…少し待っててくれ。」
チュッと軽く口付けを落とし、伊丹の狐耳を優しく撫でる。
先のように、欲に溺れて伊丹を襲うことなどするものか。
そう心の中で誓いながら、幻洛はコトの準備のため、一旦伊丹の部屋を後にした。
………
「…。」
再び、部屋で一人となった伊丹は、この先起こる事について頭がいっぱいだった。
誰も知らない、彼のことを知りたい。
儀式の間で見た、幻洛の雄の顔を思い出し、伊丹は身体が熱くなるのを自覚しながらゴクリと息を呑んだ。
「幻洛さん…。」
伊丹の身体の奥底で、彼を求めて火種が疼いていた。
………
「…。」
その頃、自室に戻った幻洛は、この先起こる事について頭がいっぱいだった。
熱を持ち始めた雄の欲は未だ引かず、むしろじわじわと熱を増していった。
パチン、パチン
長く伸びた青い爪を丁寧に、深く、伊丹を傷つけないようにと思いながら切っていく。
幻洛の性交は初めてではない。
もはや掠れて見えないほど遠い昔、性への興味を持ち始めた少年の頃、どうでもいい女に言い寄られ、興味本位のまま事に及んだことがある。
しかし、好いてもいない者と事に及んだ当時は興奮や快楽など一切なく、善がる女を目の前に「所詮、性交などこんなものか。」と完全に冷めきっていた。
そしてその後、幻洛に抱かれた女はーーー
「ああ、くそ…。」
思い出したくもない、不愉快で余計な記憶だ。
ともかく、誰かにこれ程まで欲情するとは幻洛自身も思っていなかった。
あの儀式の間で、制御することができないくらい自分を見失うなど。
ツガイの契りを結び、愛し合う者同士で及ぶ行為。
実質、初めて訪れようとする経験に、幻洛も非常に緊張していた。
「…行くか…。」
緊張を和らげるようにフッとを息を吐き、幻洛は愛しい嫁となった者の部屋へ足を運ばせた。