ここは、何処だろうか
身に纏うものもなく、白く、何もない世界
俺は、死んだ、のか
貫かれた喉元には、あの傷の代わりのように、一輪の大きな花が咲いていた
ふと目の前を向くと、自分と同じように、何も身に纏っていない伊丹の姿があった
それは、今にも消えてしまいそうなほど儚く、綺麗だった
伊丹
そう名前を呼ぼうとしたが、喉元に咲いた花が邪魔で、声が出せなかった
『…■幻■洛、■?■ん…』
伊丹が、俺に、何かを話している
『…縺ゅ>縺励※繧九£繧薙i縺上&繧薙…』
聞いたことのない言葉だ
しかし、何処かで、何度も聞いたことのあるような言葉だった
伊丹が、俺にそっと近づく
その唇が、俺の口元と重なった
重なった唇は、とても冷たかった
『愛しています、幻洛さん』
ああ、俺も愛している、伊丹
だが俺は、その身体を抱きしめることも出来ない
だから、もう、…
『助けて』
「!!」
目の前に映る伊丹が、暗黒の世界に飲まれていく
俺の伊丹が、怪異に連れていかれる
やめろ、やめろ、やめてくれ
これ以上、伊丹を苦しめるな
許さない
許さない
伊丹を陥れる者は、誰であろうと許さない
ーーー伊丹は、俺が守るーーー
「幻洛さん…!!」
『…ナ、何ッ!?』
動かなくなった幻洛が、突然、強い光に包まれた。
鋭く大きな牙
伸びた鋭利な爪
蒼い鱗に覆われ、獣化した逞しい腕
全身を覆うほど伸び、発光する紺桔梗色の髪
額から生えた二本の角
雷のように体中を迸る閃光
青白い光を放つ眼
『オマエ、ハ、…!!否、有リ得ナイ…ッ!!』
幻洛の姿に、怪異は酷く動揺した。
「ア”ア”ァ”ァ”ァ”ッ!!」
幻洛は高らかに吠えると、伊丹を庇うようにしながら怪異をギロリと睨みつけた。
その姿は、覚でも、送り狼でもない。
全てのアヤカシの原点にして、頂点である者。
龍神だ。
『オ、オ許シ下サイ…!!我々ハ、決シテッ…』
龍神の姿に、怪異は恐れおののき、身動きが取れなくなっていた。
ーーー龍神。
それは、古より神と崇められる絶対的な種族。
しかし、血族は既にこの世界から消滅したと言われており、幻の存在となっている。
そんな絶対的な種族、龍神が目の前に現れ、怪異がどれほど絶望的な状況かは言うまでもなくーーー
『…ワ、我々ハ、タダ仕方ナク儀式ヲッ…!』
「黙れ」
幻洛は、必死に弁解を述べようとする怪異を制した。
圧倒的な殺気を放ちながら、怯える怪異にゆっくりと近づく。
この怪異の逃げ場など、既に無かった。
「貴様らの、行いは、万死に値する」
『…ヒ、ギッ…!』
幻洛は低く唸ると、触手で覆われた怪異の身体を片腕で押さえつけた。
龍神と化した鋭い爪が、怪異の身体にグッと食い込む。
「二度とその愚行を働けぬよう、その邪念ごと、無に還す」
幻洛は体中を迸る閃光を一層強めた。
そして、全てを打ち砕くように、鋭く大きな牙を怪異に突き立てると、閃光と共に強い衝撃波が走った。
怪異の身体は崩れるように、青白く眩い光を放った。
『グア”アァ”ァ縺≠アア”ァア”ァ”縺≠縺≠ァァ縺≠ァ………』
怪異は最後の叫び声を上げながら粉々に粉砕し、光り輝く塵のように姿を消していった。
伊丹の身体を蝕み続けた呪いの元凶を、あの怪異を、完全に消し去ったのだ。
「幻洛さんッ…!!」
頭を支配する頭痛から解放され、伊丹は幻洛の元へ駆け寄った。
「…」
しかし、幻洛は伊丹の声掛けに答えず、無表情のまま黙って伊丹を見つめていた。
その姿は、伊丹の知っている幻洛とは思えないほど、圧倒的な神々しさを放っていた。
「っ…!」
幻洛という名の龍神の姿に、伊丹はドッと胸が高鳴った。
それは恐怖心などではなく、ただ本能的に、端麗な姿に心を奪われていたのだ。
「!!」
突然、強い地震のような揺れが起こり、周囲の壁がミシミシと音を立てた。
この亜空間を司る怪異が消滅した影響により、崩壊を始めたのだろう。
「帰るぞ、元の世界へ」
幻洛はこの状況に動揺することなく、淡々と話した。
「で、でも…どうやって…、っ!?」
「…」
出口が無い状況に困惑する伊丹を、幻洛は黙ったまま姫抱きにした。
「げ、幻洛さんっ…!?」
伊丹は姫抱きされた状況以上に、間近に感じる神々しい幻洛に、益々胸が高鳴った。
幻洛は青白い光を放つ眼で、無表情のまま伊丹をちらりと見た。
「あ、わ…」
幻洛と眼が合った伊丹は、思わず顔を真っ赤に染めながら息を詰まらせた。
全てを支配されそうなほど格好いい。
伊丹はそう思っていた。
そんな伊丹を他所に、幻洛は頭上を向くと、そのまま飛ぶように思いきり地面を蹴った。
「っ…!!」
地面がみるみる遠のく光景に、伊丹は幻洛の首元に手を回し、ギュッとしがみついた。
幻洛は伊丹を抱え、一匹の龍のように光り輝きながら亜空間を脱出した。
同時に、時空がぐにゃりと曲がり、亜空間は硝子のようにパリンと音を立てながら粉々に散っていった。